Benkyou ni tsuite 2
貴重な経験

コミュニケーションを勉強しているある週末、ぺネロピースミス氏のアドバンスワークショップを取りました。 その2日目の終わりにメディテーションをして、次にコミュニケートする動物を選びなさいと言われ, 私は「にわとり」と感じました。ペネロピーは家の敷地内に数々の動物を飼っていて、その動物達は皆、アシスタントとしてワークショップに参加していました

「にわとり」と感じた私はもっと他の興味深い動物たち、たとえばリャマ、などと話したくてその感じを無視し、まず近くにいたカナリヤと話そうとしたらカナリヤに「あなたは鶏と話すはず」と言われ、無視されました。それからもう一度、他の動物と話そうとしたら、やはり、「にわとりへ行きなさい」と言われ、いやいやながら鶏小屋へ向かいました。

小屋へ入り、20っぱぐらいの鶏をみて、さてどうしたらこの鶏たちと話せるだろかと迷っている時に、奥にいた一羽の真っ白なオンドリが様子を見に外へ出てきました。そのオンドリは横顔を向けて、私のまん前に立ちそれこそ、僕を見なさいと言わんばかりにじっと、とても立派そうに立ってました。私は白の動物には弱いところがあったんです、それは私のとても大事な先生でもあった猫、カズモス (Cosmos) 、が白猫でした。そのオンドリが白なのと、くちばしが大分まがっていて、あのまがったくちばしでどうして食べるのだろうと考え出し、じょじょに私の心の中で、彼に対し共感が芽生えてきました。彼を一匹のにわとり、私は一人の人間と感じるのではなく、彼を一つの生きている物で私と全然変わりがないというように感じ始めました。そうすると、すぐに鶏全員が私に何をして欲しいかが分かりました。地面に沢山の小さな緑のトマトがえさとしてあり、鶏たちがそれを一生懸命でつついて食べようとしていたんです。でも私にそのトマトを開けてくれれば、ずうっと食べやすいから、開けてくれと頼んでいたんです。

その時点で私は、自分が人間で相手が鶏という感覚や壁が完全になくなり、ただ生きている物同士が心を開き一体となり、まるで霊としての存在で感じられるような幸せ感に包まれました。 私はしゃがみこみ鶏に囲まれて次から次と緑のトマトを開き、それがどうしようにも楽しくて、自分がどこにいるかも時間のことも完全に忘れてました。クラスの仲間が迎えに来るまで、トマトをこわし開ける以外、何も考えていませんでした。トマトを開けるんでも、考えながら開けていたんではなく、もう自動的に私の頭、心、と体が1つになって動いていたという感じでした。

クラスの終わりにペネロピーが説明した事には、あのレッスンの目的は、私達がそれぞれ感情的に気がついていない物で、ある動物たちに対して持っている差別感、偏見、価値感を追求するための物だと言いました。それまでは、私はどんな動物でも好きな人間だと思ってました、そしてまずどの動物をも平等に考えていると信じていたので、この経験である動物を他の動物よりも貴重に、また上に考えていた自分に面と向かいあわさせられました。

このレッスンで、他の生きている物と一体になれた時の凄い嬉しさ、美しさとこれが本当に「その瞬間の人生を生きる」と言う感覚を感じられたことは、とても貴重なことで、鶏達に心から感謝し、この経験は一生忘れることは無いでしょう!私にとって、にわとりたちとの経験がアニマルコミュニケーターになる訓練と成長の中で一番大事な瞬間だったと思います。

コミュニケーションを習う上で、常に動物に対する私達の考え方、物の見方、思考態度を気をつけて調べて行く必要があると思います。普段、あまり係わり合いの少ない動物ほど、私達に貴重な物を教えてくれる可能性が充分あると思います。

動物が私達に教える心から心へのコミュニケーションがアニマルコミュニケーションの原点だと思います。


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  Comments (1)
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 1 勉強について「2」
Written by ハマベ, on 18-10-2007 10:39
これはとても大切な点ですね。動物だけでな く、人間関係にも言えますよね。 
ありがとうございます。

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